2017雑感

今年も今日一日を残すのみとなりました。一年を通して本業がとても充実しており成果も上がったのですが、それ以外にも印象に残る出来事が色々あったので、まとめてみようと思います。

Instagramから今年の9枚


「IoTは三河屋さんである-IoTビジネスの教科書」出版

「IoTは三河屋さんである」表紙
今年韓国でも発刊させていただいた「人工知能は私たちを滅ぼすのか」に続き、マイナビ新書さんから二冊目の著書を出させていただきました。前作よりも、より今日のビジネスに直結した内容になっていますので、IoTにご興味のある方にはご一読いただければ幸いです。特に、IoT製品の主役はインターネットおよびサービスの側であり、エッジのハードウェア側の付加価値向上によるコストアップは時に事業の成功には足かせになりかねない、という理解が広まればと思っています。


iPhone X

iPhone XコンシューマーIT製品における2017年最大の話題といえば、iPhone Xでしょう。幸い発売日に入手することができ、以来メイン機として愛用してきました。果たしてiPhone Xはアップルがいうような「スマホの未来」になるのでしょうか。現在手に入れることのできる最良のスマートフォンというファーストインプレッションに変わりはありません。これまでの4.7インチ画面のiPhoneとあまり変わらなず片手で扱いやすい本体サイズに詰め込まれた、ほぼベゼルレスの対角5.8インチの有機ELディスプレイは、確かに素晴らしいエクスペリエンスを提供してくれます。またカメラも歴代のiPhoneの中では最高で、被写体や周囲の光環境によらず美しい写真を撮ってくれます。ただしベゼルレス/ボタンレスにこだわったことにより、コントロールセンターと通知センターが扱いにくくなったり、ランドスケープモードの操作性が十分考慮されておらず動画を全画面表示にするとセンサーハウジングで一部隠されてしまったり、キーボードが使いにくいなど、UIデザイン上の綻びが散見されます。またFaceIDは指紋認証と比べて遅い、マスクをしていると使えない、Apple Payの認証が行いにくくなったなど、果たして本当に改良と言えるのか疑問も残ります。これまでのアップル製品でも、デザインのパラダイムが大きく変わった最初の世代の製品には磨き残しも多いものです。X世代のiPhoneが7や8と同程度に洗練されるまでには、まだ2-3世代待たなくてはならないでしょう。


反脆弱性-不確実な世界を生き延びる唯一の考え方

「反脆弱性」表紙
今年読んだ本は色々あれど、日本で出版された本の中ではこれがベストでした。今日のネットワークで繋がる世界は、相互の複雑な干渉によって高い不確実性、カオス性に晒されています。著者のタレブの専門であるトレーディングはその代表例です。代表作である「ブラック・スワン」から本作まで、タレブは一貫して、破滅的なリスクを避けるだけではなく、積極的にチャンスに投企する姿勢を推奨します。例えば今年ビットコインに投資した人などはその好例でしょう。コントロール可能な範囲でリスクをとることは、インターネット後の世界を生きていく上で避けては通れないのです。


ドラクエ11

ドラクエ11オープニング画面僕は10以外は全部クリアしてるんですが、7以降はイマイチ好きになれず、本作もあまり期待せずに始めました。しかし、蓋を開けてみたらシナリオ、キャラクター、ボリューム、ゲームバランスなど、シリーズ最高ではないかと感じるレベルの傑作でした。特に、これまでと異なり今作のプレイヤーは初めから「勇者」という特権的な立場には立たせてもらえません。むしろこれまでになかったような逆境が何度も襲ってきます。そのような場面の中で、ある登場人物が主人公にこんな言葉をかけます。「勇者とは、決して諦めない者のことです!」体験者が能動的に行動するゲームというメディアの特性を最大限に活かした物語でした。

またインタラクションデザインの観点から凄みを感じたのが、PS4/3DS(3D)、3DS(2Dドット絵)の3種類の全く異なる表現で同時リリースしたこと。マップデザインやバランス調整は実質3本のゲームを開発する手間がかかったはずです。本作はあらゆる意味で日本の国民的ゲームとしてのドラクエの集大成的な作品でした。


2017年はどんな年だったか

2017年は個人的にも公私ともに充実した年でした。IT産業を見ても、AI、IoT、xR、暗号通貨に代表されるような新しいトレンドが具体的な形になって現れてきた一年でもありました。それは、それらのテクノロジーが多くの人にとって体験できる形になってきたためだと思っています。今年は、これまでで最も自分自身がそうした体験の実現に関われた年だったのが何より嬉しいことです。来年も引き続き素晴らしい体験のプロダクトを作っていきたいと思います。


おまけ:夏休み@ハワイ

夏はお休みをいただいてオアフに行っていました。ダイヤモンドヘッドではハワイの大地に、サンドバーでは海に、ノースショアでは虹とサンセットに触れることができました。都会に暮らしていると忘れてしまう自分と地球との繋がりを取り戻せたように感じました。

ダイヤモンドヘッド
ダイヤモンドヘッド
サンドバー
サンドバー
ノースショアの虹
ノースショアの虹
ワイキキのサンセット
ワイキキのサンセット

未来には、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう(ただし、同じ時間で破滅もするだろう)

Andy_Warhol_Museum_hallway_wall

未来には、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう

1968年、アーティストのアンディ・ウォーホルは名声や有名人について語る中でこんな言葉を残しました。一本の動画やツイートが一瞬にして世界中に広まる今ほどこの言葉がふさわしい時代はあるでしょうか。

人は感情的な生き物です。誰もが共感できるような、意義深い内容があれば、人に共有したいと思うものです。特にそれが自分にとって都合のいい言葉であれば、信じてしまいたくなるものです。結果的に、発信者は注目や尊敬を集めることができます。ソーシャルメディアで発信をしている人であれば、人に感銘を与えたり、注目を集めたいという気持ちは少なからず持っているものではないでしょうか。少なくとも自分はそれを否定しません。

残念ながら、世の中にはそれが行き過ぎて、人から見える自分を現実の自分よりもはるかに大きく見せて、エゴを満たすだけでなく、地位や金銭、セックスなどを得るための手段にしようという輩が存在します。

幸か不幸か、仕事をする中でそういう連中を目の当たりにする機会がありました。騙されてお金や信用を失ったり個人の尊厳を傷つけられてしまうような人が一人でも減るように、彼ら彼女らに見られる共通した傾向を書いてみます。

まず、世間の悪人のイメージからはかけ離れて、彼ら彼女らは明るく社交的で、人間としては魅力的です。検証しにくい海外の有名大学や有名企業でのキャリア、有名人との人間関係などを誇ります。

ソーシャルメディアで刺激的な投稿をして多数のフォロワーを獲得しています。また著書を出している場合も多いですが、多くの場合は自らの誇張された成功談と、そこから導き出された社会や人生についての教訓めいた「いい話」が中心。具体的な売上や技術の詳細などに触れる場合は少ないです。

発信は一般的に、特定の専門分野について詳細に述べるというよりも、時々の話題のトピックに対して、常識とかけ離れた意見を述べることで、注目を集めることを内容の正否に関わらず優先します。特に社会のエスタブリッシュメントを攻撃して、持たざる人間の溜飲を下げようとします。典型的には科学や、大企業や、保守的な価値観などを攻撃します。疑似科学を持ち上げることが多いのも特徴です。

彼ら彼女らの好きな言葉は「グローバル」「イノベーション」「アントレプレナーシップ」「ノマド」「プラットフォーム」「創発」。いずれもハイリスク/ハイリターンで自由度が高く、聞き手に夢を与えますが、本人が当事者であることはごく稀です。にも関わらず、他人にはリスクテイクを推奨し、自らはリスクを取らず著書やセミナーやコンサルティングを通して利益をあげます。

彼ら彼女らはいつまでも我が世の春を謳歌することができるでしょうか?世の中そこまで甘くありません。冒頭紹介したウォーホルの言葉は、裏を返せば15分間で破滅する時代でもあることを暗示しています。今の世の中で注目を集めるということは、それだけ多くの評価の目に晒されるということでもあります。虚像はいつしか暴かれ、彼ら彼女らは一転して世間から石を持って追われることになります。

ではどうすれば、こうした詐欺師を見抜けるでしょうか?実は簡単です。本当に意義のある仕事をしている人は、一日10回もツイートしてる暇はありませんし、内容のない本の執筆やセミナーの開催にかまける時間もありません。仕事の内容や結果を出すために日々努めています。綺麗だけど空疎な言葉にかまけて時間をムダにするのはもうやめましょう。あなた自身が価値を生み出すことに時間を費やすほうがよっぽど有意義です。

トランプとAI、あるいは啓蒙の限界

2016年も残すところあと1日。今年もたくさんの方々にお世話になりました。個人的にも自分の会社からAmazonに入社したり、初めての著書を出すなど変化が大きかったですが、世界にとっても激動の一年でした。

特に、トランプ大統領の当選やBrexitなどは大きな驚きを持って迎えられました。いずれも共通していたのは、マスコミを含むいわゆるエスタブリッシュメントからの強い抵抗があったにも関わらず、国民の投票によって選択がなされたということです。その背景には、テクノロジーの発達とグローバリゼーションの進展がエスタブリッシュメントに利益をもたらす一方、多くの人々がその恩恵を感じられずにいる現実があります。

テクノロジーの生み出した大きな利潤は一部の企業などが独占し、ピケティが指摘したように格差は拡大する一方。今後のAIとロボットの発達は、多くの雇用の喪失をもたらすでしょう。そしてグローバリゼーションは経済全体としてみれば拡大をもたらすものの、差別化のできない労働者にとっては外国の低賃金の労働者、または移民との競争を意味します。さらに中東の不安定化に端を発するテロの頻発も、排外主義の台頭に拍車をかけていきます。

このような現状は、今生きている私たちが自明のものと思っていた科学技術の恩恵への信頼やグローバリゼーションの肯定、ひいては理性主義や人権意識といったより根源的な価値観までもを揺さぶるにいたっています。

AIの時代の訪れ

特に私の専門領域であるテクノロジーの分野においては、世の中がモバイルインターネットに熱狂する水面下で、大きなパラダイムシフトが進んでいました--もちろん今年巷でも大きな注目を集めたAIです。2012年からの数年の間に、ディープラーニングに代表される機械学習技術の成果を耳にするようになってきており、個人的にも注目していました。人間の認知/判断/行動の能力を機械が肩代わりできるようになれば、その経済的/社会的インパクトはインターネットと同等かそれ以上になるのは明らかです。

そんな中で、たまたまITの歴史についての本を書かないかというお声がけをいただき、素人なりに勉強をして書いたのが「人工知能は私たちを滅ぼすのか」です。おかげさまで大きな反響をいただき、Amazon計算機カテゴリ1位、楽天テクノロジーアワードRuby prize、代官山蔦屋書店2016年上半期ベスト(科学/技術部門)などの成果を上げることができました。また多くの専門家や有識者の方と意見を交わす機会にも恵まれました。

啓蒙の弁証法

そんな中の一人で、玉川大学で哲学を教えられている岡本裕一朗先生とお話しした際に、「啓蒙の弁証法」という哲学書について教えていただきました。これはもう70年も前の本ですが、著者らはナチスドイツを逃れてアメリカに渡った亡命者たちでした。実はこの著者たちが取り組んだ問題は、上で述べた今日の世界のそれにとても近いものでした。

近代の世界を形作った啓蒙思想というものは、自然および宗教の抑圧から人間を解放しようとしたもので、結果的に科学主義や民主主義、平等主義などをもたらしました。しかし、ナチスはそのような啓蒙に対する反動だったかというと、民主的な選挙で政権を奪取しており、しかも科学技術への高い熱意で知られていました。

このような逆説がなぜ生じるのか、という疑問に対する著者らの答えは以下の通りです。人間は、自然や宗教を理性によって客体化することで、迷信や恣意性から逃れて理解/操作できるようにすることでその特権性を解体して征服しました。その結果訪れたのが、私たちの生きる近代の世界です。ところが、啓蒙の論理は、人間以外の自然だけでなく、人間自身にも適用することが可能です。その結果、人間の尊厳や存在の意味も、自然や宗教に対して行われたのと同様に疎外してしまえます。ナチスがユダヤ人や障害者らに対して行ったあまりにも非人間的な所業は、このように啓蒙と理性そのものに内在する性質によってもたらされたというのです。

これは70年前の議論ですが、ビッグデータとAIが私たちを客体化する今日の状況をあまりに正確に描写していて驚きます。IoTとウェアラブルデバイスは、私たちをますますビッグデータの束として客体化するでしょう。そして経済と労働の社会システムは、生産性の旗印のもと私たち一人一人の生を、効率的に運用するようになります。

新しい対立軸

現代のエスタブリッシュメントが、トランプ大統領の誕生やBrexitの可能性を見誤ったのは、啓蒙という価値観の恩恵に預かる側であるため、その絶対性を信じて疑わなかったからです。ですが、多くの人々は今、テクノロジーとグローバリゼーションという啓蒙の申し子が、自らに奉仕するものではなく、むしろ疎外するものだと感じるようになっています。その結果が、啓蒙の価値観からすれば反動的と思えるような意思決定が立て続けに起こるという事態です。

このように、2016年という年は多くの歴史的な事件が起こりましたが、その背景にはより大きな世界観、価値観の揺らぎが生じています。アドルノとホルクハイマーは、啓蒙が自らの危険性を乗り越えるためには、自らの暴力性についての理性による反省が必要だと論じました。これはそのまま私たちテクノロジー産業の当事者にも当てはまります。私たちがテクノロジーを人間の尊厳や価値と一致させるようにデザインしない場合、そこにはとてつもない人間の疎外、そして疎外された人間からの苛烈な反撃が待っているでしょう。

IA/UXプラクティス:実務家が実務家のために書いたUXの教科書の決定版

ネットイヤーの坂本貴史さんは日本のWeb業界における情報アーキテクト(IA)の先導的存在でした。僕も常々坂本さんのブログbookslopeで勉強させていただいています。また坂本さんは2011年に刊行されたIAの教科書「IAシンキング」でも知られています。

この5年間でWebのランドスケープは随分様変わりしました。最大の変化は、タッチポイントのデバイスとしてモバイルが主流になったことです。結果としてのアプリの広まりやタッチポイントの多様化などに伴い、UXデザインやサービスデザインへの関心も高まってきました。私がUXデザイン事業を立ち上げたのものそうした流れの中でした。

こうした変化に対して、少なくとも国内においては、個々のデザイナーが実務のプロセスの試行錯誤を行ってきました。世界を見ても、モバイルの時代のUXデザインの方法論を体系だってまとめたものはほとんど見当たりません。

坂本さんが今回出版された「IA/UXプラクティス モバイル情報アーキテクチャとUXデザイン」は、モバイル時代のUXデザインの教科書として、決定版といってよいものです。実務家の視点から書かれており、実務に関わるあらゆる人にとって読む価値があります。特に、こうした仕事に新しく就く人にとっては最適な教科書だと言えます。

ここから先は、本書の章別にコメントをしていきます。

1 UXデザインのとらえ方

UXそのもの、およびそのデザインはいずれも掴みにくい概念であり、人によって定義が異なったりします。本書ではまず、ISO-9241-210やUX White PaperやPeter MorvilleのUXハニカムなどの基本的な定義を参照しつつ、IA、ユーザビリティ、HCD、リーンといった周辺領域との関係を整理していきます。

2 モバイルのUXデザイン

ここでは、デスクトップとの利用状況の違いからモバイルのデザインにおける基本的な注意点、タッチ/ジェスチャー、解像度とレスポンシブなど、モバイル向けのデザインに必要となる基礎的な知識をまとめています。

3 モバイルにおける情報アーキテクチャ

ここはIAとしての坂本さんの本領発揮といったところ。情報構造に関するパターンと、表示方法(ナビゲーション)のパターンとを紹介するとともに、それらの関係を整理していきます。

一点気になったのが、情報構造としての階層型とマトリョーシカ型の差異がわかりにくかったこと。これはユーザーが実際に階層のドリルダウンを行うインタラクションの中で、必ずしも深掘りするだけでなく、より上位の浅い階層に戻る場合もあるかどうかの違い、と読み取れましたが、情報構造自体についてどれだけの違いがあるのか、いまいちイメージできませんでした。(教えて坂本さん!)

あとモバイルのナビゲーションは本書にも記されている通りアニメーションを使ったダイナミックなものが増えているので、紙の本ですべてを理解するのは難しいです。本書ではサンプルのリンクも数多く示されているので、それらを参照しながら読み進める必要があります。

4 問題解決としての情報アーキテクチャ

ここでは、情報アーキテクチャ設計のより具体的な進め方を示しており、コンテンツ構造設計や検索/ナビゲーション、プロトタイピング、デザイン原則やデザイン言語の利用法について紹介しています。具体的なツールや方法論が詳しく紹介されています。

5 UXジャーニーマップと可視化

様々なタッチポイントを含むモバイル時代のUXデザインは、画面遷移図の中に収まらなくなってきています。結果として、カスタマージャーニーマップやストーリーマッピングと呼ばれる、よりユーザー視点で抽象化されたユーザー体験の可視化手法が用いられるようになってきました。この数年間自分が事業会社やアトモスでUXデザインを行う中でも、ジャーニーマップを設計の中心に用いてきました。

IAシンキングと本書の差分として最も大きい点の一つが、このジャーニーマップについて詳細に紹介していることです。特に、繰り返し強調されるのが、仮説を整理する/問題を発見する/問題への解決策を見つけるなど、具体的な目的を設定してジャーニーマップを作ることの重要性です。ジャーニーマップがともすれば作って満足してしまって終わりになってしまうことは実際によく起こることなので、本書ではこの点が繰り返し強調されています。

Appendix

本書の残りの部分では、GUILDの深津さんとのアプリのUIデザインについての掘り下げたディスカッション、またゼネラルアサヒの稲本さんによるECサイトのLPパターンについて、グッドパッチの村越さんが事業会社におけるUXデザインの取り組みについて書いています(この部分は明言されていませんが村越さんのグリーでのご経験に基づいていると思われます)。

次いで、坂本さん自身が開発中のジャーニーマップ作成ツールUX Recipeについての紹介があります。Webで、あるいはモバイルでのエスのグラフィ調査などから簡単にジャーニーマップを作成し、企画書などに貼り付けるアウトプットを簡単に作れるツールだということで、自分でも試してみようと思っています。

まとめ

このようにモバイル時代のUXデザインについて、体系だってまとめるとともに、実務レベルでの方法論や注意点をまとめた、稀有な本となっています。こうした実務を行っている人なら、多かれ少なかれ本書で紹介されているような方法論を用いているでしょうから、本書を通して知識の再整理を行うことができます。また、これからUXデザインの仕事に就く人であれば、本書を通して仕事の流れや必要なツールについて一通りの知識を身につけることができるでしょう。

日本のUXデザインの業界において、待望されていた一冊ということができます。

代表取締役交代のお知らせ

ATOMOS DESIGNロゴ

アトモスデザインを設立して丸2年が経ちました。

起業も経営も初めての経験で、当初はなにもかもが手探りでした。ありがたいことにたくさんのお客様に恵まれ、それぞれのプロジェクトでたくさんの方のご協力を得ながらプロジェクトを達成してくることができました。2年目に入ると仕事のご相談をいただく機会も増え、よりインパクトのあるプロジェクトにも関わらせていただけるようになりました。今月は初めての著書も出すことになりました。

ですが、自分にとっても会社にとっても、次のステップに進む時がきました。

2016/2/29を持って、私児玉哲彦はアトモスデザインの代表取締役社長を退任しました。後任の社長には、これまでもアトモスのプロジェクトで開発を一緒にやってきた、アストロテック株式会社の西村潤社長に兼任していただきます。私はアトモスでの実務からは退きますが、引き続き会長という立場で関わっていきます。

アトモスデザインを設立した大きな目的は二つあり、世界レベルのUXデザインの実践、そしてVRコンテンツ市場の立ち上げでした。

VRに関しては、VR×地球/ロボット/スポーツなど、他にはないいろいろなコンテンツを開発してきました。Oculusをはじめとする一般向け製品が次々とリリースされる今年、アトモスもよりVRにフォーカスした新しい体制となって、まだ黎明期にあるVRコンテンツの探求を進めていきます。

一方で、僕個人としては、UXをもっともっと極めて、多くの人の生活にインパクトを与えたいと思いました。そんな時に、今の会社から声をかけていただきました。今度はより規模が大きく、グローバルなところで勝負してみようと思います。

重ね重ね、お客様やパートナーなど様々な形でお世話になった皆様には深く御礼申し上げるとともに、今後ともアトモスデザインをどうぞよろしくお願いいたします。

「人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語」刊行のお知らせ

人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語 表紙

今日のIT業界で最大の話題は、間違いなく人工知能技術です。人工知能で自動運転ができるようになった、囲碁のプロに勝ったなど、人工知能の進化に関するニュースを目にしない日はないといっていいくらいです。

しかし、人工知能の歴史について少しでも知っている人なら、疑いの目を向けずにはおれないでしょう。今までも、2回の人工知能ブームがあり、そのたびに結果は幻滅に終わりました。今回は何か違うのか。

はっきり言います。今回はこれまでのブームとは異なり、賢い機械が本当に私たちの生活の中に入ってきます。インターネットは、情報/メディア産業などを根本からひっくり返しました。しかし人工知能の持つインパクトは、そうした産業を超えて、私たちの生活と仕事のあらゆる側面を根本から変えていきます。

20年前、Windows 95が発売されてインターネットブームが起こりました。20年を経た今、日本の情報/電機産業は、シリコンバレーのIT産業に完膚なきまでに叩きのめされました。それが失われた20年となり、大手電機メーカーの実質破たんと切り売りなどをもたらしました。

私は大変な危機感を抱いています。このままだと、今後の15-20年間、人工知能についてまったく同じことが起きるでしょう。そして、日本の産業は、おそらくこの競争にも負け、日本は経済や産業や科学技術のトップランナーの座から滑り落ちていることでしょう。

私には、小学一年生の甥がいます。本書は、彼と同い年の主人公が暮らす2030年の世界を舞台とした物語として描きました。その世界では、主人公は大学の卒業と就職を間近に控えています。その時、私たちは、彼らに、豊かで将来への希望のある社会を残すことができるでしょうか。私たちはそうした瀬戸際に立っています。

そのような思いで、本書を執筆しました。私がITに本格的に取り組み始めてから、早いもので25年も経ってしまいました。その間、更にはそれよりも50年もさかのぼって、コンピューターとITがどのように形作られ、世界を変え、そしてなぜ今のタイミングで人工知能が現実のものになりつつあるのか。その先にはどんな世界が待っているのか。一年間の時間をかけ、自分の経験と知識のすべてをこの一冊に注ぎ込みました。

コンピューター、IT、人工知能に詳しい方でも、そうでない方でも、これからの世界に対する見方が変わる。そんな本になったと自信を持っています。

発売は3/18で、現在Amazonなどで予約が可能です。Kindle版も同時に発売になる予定です。少しでもご興味を持っていただけたら、どうかさわりだけでも読んでみていただければと思います。

下記に、本書の冒頭を引用します。

はじめに

今から少しだけ未来の、2030年の世界を想像してみましょう。私たちの暮らしは、仕事は、どのように変わっているでしょうか。その変化をもたらす要因は何でしょうか。経済?国際政治?それらももちろん影響はあるでしょう。

では逆に、15年前と今とで何が一番違うでしょう?日本は相変わらず不景気でした。9.11のテロが起こり、「テロとの戦い」が始まった頃でした。

意外と大した変化は起こっていない?当時の写真や映像などを見ると、今と決定的に異なっている点が一つあります——誰もスマートフォンを持っていないのです。
21世紀に入ってから、スマートフォンやインターネットのようなITほど私たちの暮らしを変えたものはありません。かつて、ソニーの社長だった出井伸之氏は、「インターネットは古い産業を滅ぼす隕石である」と述べました。

今日、スマートフォンやインターネットに匹敵する、もしかしたらそれ以上のインパクトをもたらすパラダイムシフトがITの世界に起こっています。その中心にあるのは、人間のように知覚し、考え、行動する、人工知能の技術です。

人工知能の研究は、20世紀半ばに始まってから、長らく日の目を見ずに来ました。ところがこの数年間、開発が飛躍的に進み、見たり聞いたりするものを人間と同じレベルで認識したり、自動車を運転したり、中には高度な仕事やゲームでも人間を打ち負かすものが現れてきました。

人工知能は一体どこまで賢くなるのか。その結果、人間の仕事が人工知能に奪われたりするのではないか。さらにその先に、「ターミネーター」のように人類を滅ぼそうとするのではないか。そのような不安が、SFの絵空事ではなく、現実味を帯びてきています。

本書では、人工知能が私たちの暮らしや仕事にどんな影響を及ぼすのか、そして人工知能とどう向き合えばいいのか、といった疑問に答えたいと思います。
筆者は、実は人工知能の専門家ではありません。まだ10代だった90年代から20年以上にわたって、ユーザーインタフェースやユーザーエクスペリエンスと呼ばれる、人間とITの関係のデザインに取り組んできました。大学で博士号を取り、その後はIT企業の製品マネージャーや、IT製品開発のコンサル企業を創業するなどしてきました。
その中では、スマートフォンやインターネットをはじめ、バーチャルリアリティーやロボット、そしてもちろん人工知能などさまざまな種類のITにかかわってきました。

筆者のこのような経験から、本書では人工知能の技術的な側面というより、より大きなITというものの一部として、人工知能と私たちがどのような関係を作れば良いかということに焦点を当てています。

そのために、本書では、2030年に大学生をしているマリという普通の女の子が、100年にわたる人工知能の開発の歴史を学んでいくという構成をとっています。各章の冒頭で、人工知能が実現しているであろう2030年の世界について描き、それを実現する背景になる歴史について解説していきます。

人工知能と、スマートフォンやインターネットのようなITは、その成り立ちが一般に知られている以上に密接に関わっています。ITの歴史の中では、様々な開発者達が、それぞれの信念、アイデアのもとに人工知能やパーソナルコンピューターなどの設計思想(アーキテクチャー)を作っていきます。その歴史を知ることではじめて、現在と未来の人工知能について理解することができます。

そうした開発者たちの信念やアイデアへの情熱は、宗教家の信仰へのそれに通じるものがあります。彼らの究極のゴールは、私たちのように感じたり考えたりする心を持った機械を実現することです。人工知能を作るということは、もしかしたら私たち人間に許されていない、神の領域へ足を踏み入れることなのかもしれません。

そう考えた時に、人工知能のこれまでとこれからの行く末を読み解く手掛かりとして、キリスト教の聖書が一つの道しるべとなりました。人工知能の100年の物語が、聖書の物語と不思議なほどに符合していることは、著者自身にも正直言って驚きでした。

本書は、二部構成を取っています。

第一部 コンピューターの創世記においては、今日私たちが日常的に使っているパーソナルコンピューターやスマートフォン、インターネットなどのITがどうやって作られてきたかという歴史を紐解きます。そこでは、コンピューターと人工知能の概念を発明しながら、アダムとイブのように禁断の果実をかじって死んだ悲劇の天才アラン・チューリングの物語が中心となります。

第一部は、特に若い方など、今日の人工知能の背景となっているこれまでのコンピューターの発達について詳しくない方に向けて書いています。そうした歴史に詳しい方は、第二部から読んでいただいてもよいかと思います。

第二部 人工知能の黙示録においては、人工知能が急速に発達して神のような存在になっていくこと、その結果私たちの暮らしや仕事に起きる変化、さらにその先に訪れる「最後の審判」に迫っていきます。人工知能は、果たして私たちを救うのでしょうか、それとも滅ぼすのでしょうか。

さあ、その疑問に答えるため、マリたちと一緒に、100年の時空を超えた旅に出ましょう!この旅の終わりに、マリ、そしてあなたが、人工知能というものとどう向き合っていくのか、その答えを見つけてもらえればと思います。

デザインのできることとできないこと-World IA Day Tokyo 2016に参加して

WIAD 2016 TOKYO JAPAN

Information Architecture Instituteが主宰するWorld IA DayのTokyoに参加してきました。今年のローカルテーマとしてはイーライ・パリサーが著書「閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義」で主張した「フィルターバブル」の問題についてでした。

コンセントの長谷川さん、スマートニュース編集長の松浦茂樹さんや、ニュースピックスでインフォグラフィックス・エディターを務める櫻田潤さんらが講演を行い、またリクルート/Mediumの坂田さんを交えて、山本郁也さんのモデレートのもとトークセッションが行われました。

フィルターバブルについてざっくり言うと、Googleの検索結果やFacebookのタイムラインにおけるパーソナライズが、個々のユーザーの情報環境を分断し、結果的にコミュニケーションの断絶、新しい情報との出会いの減少、ひいては民主主義の危機までをも招くという問題意識が表明されました。

長谷川さんによれば、大学で教えられている学生さんと話していても、GoogleやFacebookのパーソナライゼーションや、その結果としてのアクセスできる情報の偏りには無自覚だという懸念が挙げられていました。

しかし、僕は講演やセッションを聴いていて、根本的にこのフィルターバブルという問題に違和感を感じました。フィルターバブルを作り出している具体例として、GoogleやFacebookやAmazonが挙げられていましたが、自分の感じ方としてはこれらが存在することで新しい情報に出会う機会は増えても、そうした機会が減っているとは感じないためです。

問題は、フィルターについて議論している時に、フィルター前の情報の絶対量や、フィルター後の選択の幅を考えなければ、全体としての情報アクセスの良し悪しは言えないという点が見過ごされていることです。実際、下記の @securecatさんのツイートによれば、インターネットの普及と前後して、平均的に消費される情報の絶対量は33倍、選択可能な情報量に至っては530倍というデータがあるそうです。

こうした状況を考慮すると、フィルターバブルについての問題意識の原因を、GoogleやFacebookといった情報システムの側、ひいてはその中で情報設計という部分を担当するIAに帰するのはあまり説得力がないと思います。むしろ、受け手側の意識やリテラシーの問題の方が大きいと言えます。

(2016/2/21追記)英語版Wikipediaの「Filter bubble」の「Reactions」の節:Googleの検索結果などについての学術的な検討によれば、パーソナライゼーションにより生じる差異は軽微であり、また個人のプロファイルに基づく音楽レコメンデーションサービスなどでも選好の偏りではなくむしろ発見の広がりを促す効果が見られたとの事例が紹介されています。

登壇者の皆さんからも、IAの立場からそうした受け手に対する啓蒙や、フィルターの設計について理解できるよう表現すべきという意見は出ました。そうした努力は望ましいものではありますが、一方でそもそもの興味関心や意識が低い受け手に対してどれくらい有効性があるのかは大きな疑問があります。教育や業界団体の倫理規定の制定など、実務の外のアプローチが必要でしょう。

金づちを持っていると全てが釘に見える、というアフォリズムがあります。最近デザインの業界の集まりなどに参加して感じるときがあるのですが、デザインを生業にする人間としてはあらゆる問題に対してデザインで解決策を見つける、あるいはデザインが社会に対して全般的な責任を負っているように思ってしまうことがあります。

しかし、事業活動の中だけで考えても、デザインはその構成要素の一つでしかありません。だいたい実務の現場で、デザイナーが意思決定の権限を持っているということは稀です。ビジネスオーナーや、場合によっては実装の担当者などの持っているインフルエンスの方が大きい場合は多々あります。そうした中で、デザイナーが持てる権限と責任の現実的な範囲というものがあります。

ここまで読まれて、僕がデザイナーという職能を悲観的に考えていると思われるかもしれませんが、それは全然違います。むしろデザインが担える役割というものは一般に過小評価されていると思います。しかしそれは、現実のプロダクトやコンテンツを通じて達成できるものです。そこの線引きなしにデザインにできることを過大に捉えるのもまたどうかと思ってしまうわけです。

映画「スティーブ・ジョブズ」

映画「スティーブ・ジョブズ」
スティーブ・ジョブズの新しい伝記映画が公開されたので、観に行きました。

以前にアシュトン・カッチャーがジョブズを演じた映画が公開されています。今回は途中ジョブズにクリスチャン・ベールがキャスティングされていましたが降板し、結局マイケル・ファスベンダーが演じました。その他脚本が「ソーシャル・ネットワーク」のアーロン・ソーキン、監督が「スラムドッグ・ミリオネア」のダニー・ボイルという強力な布陣です。

マッキントッシュ、NeXT Cube、iMacという3つの歴史的な製品の発表を舞台に、ジョブズのビジネスマンとして、そして婚外子のリサの父親としてという2つの側面を描いています。 “映画「スティーブ・ジョブズ」” の続きを読む

シャオミ 爆買いを生む戦略

シャオミ 爆買いを生む戦略 表紙

シャープの経営再建にあたって、日本の官民ファンドと、台湾のフォックスコンとの綱引きが行われていましたが、どうやらフォックスコンの方が出資額などで優位に立っているようです。同じタイミングで、東芝が7000億円の赤字を発表しました。日本の電機メーカーが世界をリードしていた時代は、過去のものとなりつつあります。

一方で、台湾や中国の製造業に対して、ともするとまだ一段劣るというイメージを持っている方もいます。ところが、スマートフォンに限ってもファーウェイやシャオミのようなメーカーが躍進を遂げています。ファーウェイについてはグーグルのNexusのハイエンドである6Pの開発を担当しています。国内でもSIMフリー端末で高い人気を博しており、都心の電車の中でも普通に見かけます。

さらに注目すべきは、シャオミです。2010年に設立されたベンチャーが、2015年を通して中国で最も販売台数の多いスマホメーカーとなり、世界でもサムスン、アップル、ファーウェイに次ぎ、レノボとほぼ並んで5位につけています。2012年ごろからその存在は噂になっていましたが、あっという間にこれだけの地位を築きました。

これまで、アプリやウェブサービスのようなソフトウェアであれば、このような急成長はありました。しかしシャオミの凄さは、ハードウェアの事業でソフトウェア事業のような急成長を遂げたことです。

シャオミはいったいどうやってこれだけの急成長を実現したのでしょうか。創業メンバーの一人であり、デザインやオンラインマーケティングを担当する黎万強氏が、自らそのプロセスとその背後にある考え方を、「シャオミ 爆買いを生む戦略」という本に綴っています。 “シャオミ 爆買いを生む戦略” の続きを読む

農業からイノベーションとアントレプレナーシップの本質を考える

今日、農業経営の専門学校である日本農業経営大学校で、松尾和典先生にお招きいただき、「アントレプレナー論」で講義をしました。「事業創造のための顧客体験デザイン」と題して、UXデザインの取り組みについてお話をしました。またカスタマージャーニーマップを作るワークショップを実施し、サービスデザインを体験してもらいました。

グループワークの様子

グループワーク発表の様子

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